2000年8月 東北


■1日目 晴れ
臨時の夜行急行「東北夏祭り号」の下段寝台券が無事Getできた。ということで、午前中は寝ていて午後から出発。とりあえず時間があるので、大阪付近をふらふらと散歩。それにしても夏の午後は暑い。銀行で現金を補充したあととある駅前交番で銭湯を尋ねると近くにあるらしい。これ幸いと入ったが、水道の栓をひねると普通の水のはずなのに温水がでてくる状態でしゃれにならない。最後にはサウナ用の冷水曹から水をくみだして体にかけてやっと冷えだした。

さて駅に戻ってJR京都線下り普通京都行に乗る。この電車が京都まで先着ということで、安心して寝ていられる。茨木から先の記憶はなかった。京都で降りるとかなりの人出だ。そりゃそのはずで平日の夕ラッシュである。1番線のホームへ降りると草津線直通柘植行が入って来るところだった。弁当を2つ買い込み、さらに追加の飲み物を買いに山陰線ホームまで往復したところで日本海1号が入って来た。今日も半分は青森切り放しであるがかなりの乗車率のようだ。

そのすぐあとに臨時寝台急行「東北夏祭り号」が、西編成の「シュプール&リゾート」で入って来た。中段・上段もかなり埋まっていて予想以上に乗っている。進行方向左側下段に陣取ってさっそく弁当を食べ始めるが、いきなり西大津で後続の雷鳥の通過待ち。このあとも鯖江で特急サンダーバードに追い抜かれる。まあ、これは日本海1号に乗っていたとしても同じなのだが…。

列車は夕立模様の湖西線を走り、デッドセクションを超えるあたりで外は真っ暗になった。福井では高架駅に改築する工事が進行中で仮線に切り替わっていた。金沢出発後に「おやすみ放送」が入ってあとからが眠れない。高岡・富山・糸魚川・直江津・長岡(運転停車)のあたりまではうとうとするものの眠れなかったのである。
■2日目 晴れ一時曇り
583系といえば381系と同じくベネシャイン・ブラインドを採用した車であったが、この編成はカーテンに交換されている。おかげで朝がくると結構まぶしかったりする。目が覚めると羽後本荘に到着。このあと秋田にもとまるが人はまばら。

もう一眠りして列車は青森に到着。時刻表に書いてあるとおり、到着とほぼ同時くらいに快速「海峡」が出て行った。臨時とはいえひどい扱いである。東能代の4分停車はわざとじゃないのか?と勘繰りたくなるようなダイヤだ。

一旦駅を出るがかなりの人込みだ。予想通りコインロッカーは一杯のようである。目の前に青森市営バスのターミナルがあるので、以前噂に聞いた蟹田行のバスの情報を探すが、路線図に乗っていない。蟹田方向へ行く路線があるのだが途中で切れてしまったようだ。あきらめきれないので、中心部の古川まで適当なバスを捕まえてみるが結果は一緒だった。帰りのバスは市街地一方通行の関係でちょっと違ったルートを通って駅に戻った。しかしまあ、朝から猛暑でシャツが濡れて気持ち悪い。バスから見えた洋品店に向かった。店のおばさんは親切にシャツを探してくれる。駅前市場の食堂にもそそられるのだがまだ朝が早くて食欲がない。

駅に戻れば中途半端な時間が残った。せっかくここまできたのだからとねぶたの待機場まで歩くことにした。が、これが予想外に遠い。うまくいけば「はつかり」の函館行に乗ろうと思っていたのだが全然間に合わない時間になってしまった。挙げ句、思い荷物を引き摺って歩くのも疲れたので、駅にはタクシーで戻ることにした。

結局特急にも、普通蟹田行にも間に合わず、次は快速「海峡」になった。これでも蟹田で降りれば三厩行に接続している。しかしあまりの暑さに動きたくなくなり(どうせ非冷房にきまっているので)結局蟹田で降りず、久々に昼間の快速海峡(それも50系改造客車)で函館に向かう。北海道側では昆布干しの最中だ。

函館につくと谷地頭温泉に向かうことにし、食堂でかるく昼食を取る。そのあとコインロッカーに荷物を入れて市電乗り場に行くとちょうど谷地頭行がやってきた。市営温泉は予想以上に立派な施設である

温泉は濁った食塩泉である。露天コーナーもあり涼むことができるのはありがたい。ここで1時間近くのんびりしたあと、再び市電乗り場に戻る。すると「臨時」表示の函館駅前行がやってきた。運転手情報によると、この先「函館みなと祭り」の影響で交通規制が敷かれており、全便函館駅前折り返しだそうだ。函館駅前停留所には市電2台が先を塞ぐように止められており、地上の係員が反対側のドアをドアコックで開けて運賃を収受し、乗り継ぎ券をわたしてくれた。その乗り継ぎ市バスは目の前で1台でてしまい、10分ほどまたされて満員になった。バスはおおよそ路面電車の線路ぞいに走るが、亀田川を渡ったあたりから山車が見え、市電道路を外れて南側を迂回する。しかし途中からひどい渋滞になってなかなか前に進めない。

バスはやっとのことで五稜郭公園前に到着。市電も渡り線を使って運転していた。これでは湯の川に行っても帰るのが一苦労なので、駅に戻ろうかと歩き出したのだが、踊りの行列が道を行進していてなかなか横断できない。少し離れた所で流しのタクシーを捕まえて駅に戻る。祭りは五稜郭付近と駅付近の2回に分けてやっているらしいとの話を聞いた。

夕刻の函館


函館湾(港がある方)ではなく、函館空港・石田温泉方向を望む。こちら側はまだ行ったことがないのだが、温泉もたくさんあるルートでいつか訪れたいところだ。

駅で荷物を引取り、重い荷物を引き摺りながらホテルに入った。かなり疲れたが食事にでかけなければならない。松風町近くの公園ではみなと祭りの出店がいっぱい出ているので屋台などをひやかす。

■3日目 曇りのち雨

前日に久慈の旅館が無事とれているので、ちらっと考えた水無海浜温泉に行くのはやめ。天気も悪そうだし仕方がないところだろう。荷物が多くなってきたがとりあえずはチェックアウトしてタクシーで函館港へ。案の定バスは港のターミナルまで入らないようだ。旅客ターミナルで船客名簿を記入し自販機で切符を買ってから、車と同じハッチから乗船となるのだが、そのタラップの上でカバンのベルトが「ブチッ!」と切れてしまった。困ったことだがこれから先大きな町はしばらくないので運を天にまかせるほかなし。

桟敷席に荷物を置くが売店コーナーのみで軽食類はないのが残念。その売店も出港わずか30分で閉店ときたものだ。あとは桟敷で寝転んで休憩するだけになった。下船は車優先で車がはけたあとに徒歩でやはり同じハッチから下船する。タクシーが待っており少し迷うが旅客ターミナルで荷物を置いて一息つく。函館より小さいがちゃんと軽食堂があり、ラーメンを注文する。店のおねーさんは最初不愛想だったが、バス乗り場を尋ねると親切に教えてくれた。が、バス乗り場に歩いてもまだ30分くらい待ち合わせ時間が残っている。おばさんがバス停のベンチに座っていたので荷物を見てもらうことにして、港の回りを散歩する。原発の工事をやっているらしく監視小屋があって物々しいが、集落の中心はもっと先らしく、あきらめて帰って来た。

バスは三菱製の非冷房車。運転手後ろの席を確保する。するとさきほど散歩したすぐ先にスーパーと数件の店があり、旅行者らしい兄さんも1人乗車。くやしい。バスはさらに本州最北端の大間崎にも立ち寄る。分かっていればタクシーで先行したのだが…。その後バスは海岸線に沿って走る。しかし下風呂のバス停で降り損ねてしまい、温泉探訪ができなかったのが残念。バスは大畑終点に到着した。言うまでもない下北交通大畑駅前である。

大畑駅

ディーゼルカーはJR払い下げのキハ22で、北海道のキハ22には乗った記憶がないのでお初ということになるのではないか。もちろん冷房などはついていない。Web で調べればこの付近は木材を切り出すための森林鉄道が非常に多かった土地らしい。本州最北端民鉄の駅、大畑にて。


JR連絡の大湊まで切符を買うと硬券だった。窓を開け放っておくと気持ちがよい。実は大畑ですぐ接続のむつターミナル行にのり、ターミナルからこれもすぐに接続する野辺地行に乗れば一本前の「はつかり」に乗れて、久慈に入るのが約2時間早くなるのだが、下北駅で聞いたところでは近々廃止という話があるらしい。乗車率も悪くないのに残念である。(その後、下北交通は2002年3月末で廃止された)

下北からは1駅だけ快速「しもきた」で一旦大湊へ。下北で切符は買いなおしてある。快速はキハ101系2両なのだがかなり混雑している。この列車の折り返しかぁ、と思っていたら大湊にはキハ48系2両がすでに据え付けられていた。大慌てで出口を出て久慈までの切符を買おうとしたら、係員氏が「こっちのきっぷの方が安いですよ」と青森県内1日フリーの切符を発行してくれた。久慈は岩手県なのだがフリー区間に入っている。これなら下北でこの切符を買っておけばよかったのだが、ともかく大湊駅員氏の親切に感謝。

ディーゼル快速「しもきた」は、すでにクロスシートは埋まっていてロングシートに荷物をおく。それにしても「しもきた」の乗車率はなかなかよい。野辺地で降りたのだが、それでもさらっと座席がうまる程度には乗客が残っていて、かなりの人が浅虫・青森方面にそのまま乗りとおすのようだ。ねぶたのせいもあるのかもしれないが。

野辺地駅前でぼーっとしていると、下北交通の青森行急行バスが出て行く。荷物をかかえてさきほど大湊線が着いたのと同じホームで電車を待つ。下りホームに接近放送がかかったと思ったら、臨時特急が通過して行った。ところで雨がぱらぱら落ちて来た。これまでは雨にふられずに助かったのだがどうなることやら。ところが放送で「はつかり22号は4分遅れ」との案内。たしかに4分ほど遅れて到着。おそらく発車は5分以上遅れたのではないだろうか。自由席はほぼ満員で、すぐに降りるから却って都合のいい通路側座席に座る。三沢では、下りの特急で降り損ねたおねーさんが下車。八戸で私も降りるが、降りた人数よりも乗車する人数の方が多く立ち客が相当出たようだ。翌日の新聞でこの列車、九戸で雨規制がかかって2時間も立ち往生したと報じられており、立ち客は大変だったことだろう。

八戸で降りると、本屋よりとすぐ隣に2本のディーゼルカーが止まっていて、本屋寄りがすぐ接続の鮫行で発車していった。するとまた1番線に列車が入って来た。八戸線上りから東北本線直通二戸行ディーゼルカーだ。これほどの頻度で列車がくるとは正直思っていなかった。

私の乗る久慈行はがらがらだったが、発車時間まぎわになるとぱらぱら高校生が乗ってくる。3両編成で発車。馬淵川を渡るところまで八戸臨海鉄道(貨物専用)の線路が横に張り付いている。地形と名前から中心駅と予想していた本八戸は高架駅になっていて驚いた。途中でぱらぱら中高生の乗り降りがあって、鮫で先行したディーゼルカーに追い付く。ここまでは自動信号で運転間隔も短いのだが、この先いきなり駅間が開くので驚いた。臨時駅の「プレイピア白浜」を通過する。階上駅で時刻変更付の交換待ち。まだ腕木信号機とタブレットが健在なのにびっくり。対向した列車は臨時快速を併結した5両編成だった。その先の陸中八木でも腕木信号が現役でがんばっている。

信号青色点灯
駅構内に張りめぐらされた油の滲みたワイヤーも見られなくなりつつある。列車が出発しても梃子を立てるまでは青信号のままなのも機械式ならではだ。改札を通らず線路の上を歩く高校生がいるが、いつものことなのか駅員も黙認状態。でも危ないからマネしないで。


信号梃子扱所 信号梃子

非自動信号の駅にはこういう小屋が必ずあった。左の写真でホームの下に滑車とワイヤーがあるのが見えるだろうか。これが各ポイントと出発信号機、駅の外れの場内信号機やさらに遠方信号機にまで繋がれている。右の写真のように梃子は大きいのだが、それでも相当な重さだとか。当然信号が自動化されていないので、単線自動閉塞ではなく通票閉塞なのだが、通票の形も間違わないよう掲示されている。関西では福知山線が比較的最近まで非自動区間が残っていたが、新線切り換えと共に昔話になった。

小雨の振る久慈駅に着いたらもう真っ暗。タクシーに乗ろうとすると「すぐ近くだよ」ということで歩き出したのだが、真っ暗な中で目印がなく途方にくれかける。なんとか電柱の広告をみつけてやっとこさで宿に入った。料理はなかなかのもので、これで8000円はお値打ちである。夜は空調がきかず多少暑いのが困ったが、窓を開けておくと夜霧とともに涼しい風が入って来てやっと眠れた。

■4日目 曇り一時雨

朝食は食堂に下 りる。おやじさんが1人あとからやってきた。部屋でゆっくりしてから荷物を持ってでかける。駅前のコンビニでフィルムを補充し、隣の信用金庫のCD機でお金を下ろしておく。駅につくとたまたま久慈止の列車が着いたみたいで、その列車がそのまま折り返すのかと思えばそうではなく、一旦引き上げて別の列車が入ってきた。2両つないでいるが後部1両は回送らしい。その前部1両がペイント車両で窓の外がろくに見えない。窓を開けて乗っていたら風が強くて閉口してしまった。観光路線でもあるのにかえって迷惑な話だ。

駅前にサティがあるので寄ってみる。目的はカバンである。なんとかスポーツバッグコーナーで大きそうなものを1つ求める。先日野辺地のスポーツ店で見たような細長いバッグだとコインロッカーに入らないので困るのだ。駅前に戻ったら弁当屋さんが店を開いているので、1つ選んでいるとちょうど臨時快速が入ったようだ。コインロッカーに押し込んだ荷物を取り出してきっぷ売り場へ。古川までの乗車券を買ったら盛で一旦乗車券が切れる形になった。快速は昨日見たグレードアップされたキハ58・28の2両編成で、海側の席はすべて埋まっていた。仕方なく山側の窓よりの席を確保する。

釜石に着くとものすごい雷雨だ。すぐに山田線宮古行と釜石線が出ていったが、乗務員の話によるとどこかで雷の影響で停電しているらしい。ここで降りて次の急行「陸中」に乗るととりあえず古川にはそれなりに着けることも確認したが、心配することもなく発車。かなりの雷雨の中を三陸鉄道南リアス線へ進む。車内販売もあるのだがさきほど宮古で買った弁当が絶品すぎて損をしている。放送でアンケートがどうこう言っていたのだが配布の説明がないのは謎である。

盛に到着。三陸鉄道の職員が車販の荷物を下ろしている。思ったよりも大きな駅だ。デスクプランでは久慈で早起きして1本前の列車に乗ればここ盛で1時間半近い待ち合わせになるので見合わせた地点だが、近くにはプールもあって意外に大きな町である。

列車が発車すると、なんと逆方向に進み出した。イスを回転させたいのだが、窓のポジションが最悪になるのと、後ろの席のおっさんがリクライニングを一杯に倒しているのでこのままにしておく。しかしここからは海側がこちらのサイドになるのだ。大船渡の港湾地帯を過ぎると養殖イカダが広がっている。陸前高田からはさらに小さな湾を縫うように走って気仙沼に到着した。ここで前に3両増結らしい。それで車内の号車札は5・6号車になっていた…あれ?あと1両足りないなぁ。

気仙沼湾

雨雲で少し不機嫌な空のではあるが、湾内はおだやかで、養殖いかだが静かにゆられていた。

ダイヤ上はここから快速「南三陸」に併結ということになっているので、前3両が所定の「南三陸」編成らしい。とはいえ、前はキハ48系2両とキハ28で、キハ28の冷房エンジンが大きなうなり声をあげている。反対側ホームからは盛へ向かう快速が発車していった。しかしこの列車も冷房がききすぎだ。天気はまた悪くなってきた。

ここからは快速になる。市の中心らしい南気仙沼をすぎて湾を眺める。曇り空の前谷地に到着。ゆかた姿の女の子たちが降りるのだが改札口には現れず、石巻線女川行に乗り換えるらしい。花火大会でもあるのだろうか。永らくおつきあいしたこの列車もあと2駅。東北本線と合流して小牛田に到着した。もうかなり薄暗くなっている。ここでさらに先頭に1両キハ48か何かを増結するようだ。向かいには仙台から6両で着いた普通列車の切り放し作業をしていて、前3両は一ノ関行、後ろ3両は仙台行になるようだ。私は跨線橋を渡って陸羽東線古川行の2両編成のディーゼルカーへ乗り換え。一ノ関行が発車したあと別の上り列車がやってきて、さっきの3両編成にくっつけるようだ。なるほど。しかし今やあまり見かけなくなった分岐駅の風景だ。

■5日目 晴れ時々曇り 夕方一時雨

宿をでてバス停を探すが全然見当たらないため、仕方なく歩いて古川駅に着いたらちょうどいい時間帯だったみたいだ。鳴子温泉方面への列車が着いたがここで長時間停車するのはすでに調査済み。列車はがらがら。4両編成の鳴子温泉行だが、車内放送で前の2両がそのまま新庄行になるという。座ったのは後ろの車両だったので鳴子温泉まではそのまま乗って行くことにした。

鳴子温泉では切り放しもあるのだが長時間停車。陸羽東線はこの駅で列車が切れることが多いのだ。ただし、温泉に入っているほどの時間はない。きつい峠があるわけでもない丘陵地を走り、山形新幹線に合流。陸羽東線だけの南新庄に止まる。2つの路線が平行しているのに片方にしか駅がないのは、佐賀県の本牟田部などいくつかある。新庄ではすでに乗り継ぐ予定の「こまち」は新幹線ホームに停車している。しかしすごい人出だ。私は天童で降りるから席にはこだわらないのだが、自由席は満席になって、1つ目の停車駅で立っている乗客がかなり出ている。天童駅は橋上駅で駅ビル「パルテ」が地域センターを兼ねているようだがバス乗り場が分かりにくいので、ビルの中のカウンターで尋ねるとすぐそばのようだ。しかし山形交通の乗り場で時刻を確かめると、わずか30分ほど前に発車してしまったようだ。ん?「土日祝日はすべて運休」?がーん。今日は土曜日である。タクシー乗り場にはタクシーがいるので奥の手を使うことにするか。

タクシーはいきなり北上するような方向で走りだすが、そのうち道路標識にも「寒河江」の文字が見える。最上川を渡るともう寒河江市のようだ。ジャスコか何か入っていた「パオ」の前を左折するのだが、このショッピングセンターも閉店したようだ。駅前にくると少し様子が変だ。駅前再開発が行われているらしく、山形交通のターミナルも移転するらしい。とりあえず雑貨屋で温泉の入浴券を買ってひとあび。汗は落ちたがシャツが濡れているので、直射日光の当たるところで乾かすことにした。

駅前に戻ると、山形交通の待合室も閉鎖されており、横に仮設待合室があるのだが暑い。荷物だけ置いて外で涼んでいると月山方面からの山形ターミナル行がやってきた。山形道が月山ICまで延長になったので、寒河江のターミナルを経由しなくなったらしい。

山形につくと花笠祭りもあるので観光客で賑わっている。駅へ急ぐ途中の銀行で現金を補充すると「このあたりで郵便貯金のカードが使えるところはないですか?」と尋ねられた。たしか地銀のグループは提携していたはずだが、うろ覚えなことは教えない方がかえって親切だろう。次の仙山線まで約30分の待ち合わせ。がんばればそばの1杯も食えると判断して、前回のそばやさんで慌ててかきこむ。

5分くらいの余裕を見て駅に戻ったはずだが、構内放送ではすぐに発車と伝えておりあわてて乗り場へ走ると残念ながら 455 系ではなく 719 系だった。4両編成の車内はほぼ満席で、とりあえず手近な席に座ると思っていたのとは反対方向に動き出した。よほどあわてていたらしい。面白山高原でもかなり人が乗って来たのだが、トンネルをこえた奥新川で交換待ち停車のままなかなか動かない。対向列車は5分以上遅れて到着した。作並に到着するが真っ黒な雷雲が近づいており不気味だ。回復運転のためかなりのスピードで坂を下って北仙台で下車する。

地下鉄の階段を下る。仙台七夕本番なので浴衣姿の子供連れやカップルが多い。地下鉄も結構混んでいて、仙台までは座れなかった。地下鉄の南端側はわずかに地上に顔を出している。次の電車で折り返して仙台で下車。できたばかりの仙石線「あおば通」駅を探すが結構遠い。地下2階に相当するホームに降りるとちょうど東塩釜行普通が止まっているのだが、この地下ホームでもドアが半自動なのにはびっくりした。仙台に着くと黒山の人だかりに逆行して仙台駅の西口コンコースへ戻って来た。古川行の高速バスの時間を確認しにいくとものすごい雷雨。駅の放送ではついさっき通って来た仙山線が面白山付近で大雨の為不通、復旧の見通しが立っていないと伝えている。

バスの乗り場についたのだが、今日は宿の夕食がないのでできたら宿に入る前に食事をしておきたい。このままバスに乗ってしまい古川十日町で降りるとどうしようもなくなってしまう。先に一ノ関行高速バスが2台続行で発車して次は古川行なのだが、ずいぶん迷った結果やはり駅に戻って新幹線で1駅進むことにした。古川の駅の中には食堂があることは分かっている。それほど待たずに各駅停車の盛岡行があることが分かり、大混雑の新幹線コンコースで切符を買った。MAX編成の団体列車が止まっているなど観光シーズン真っ只中といった感じである。 列車は200系の12両編成で、自由席はかなり空いたがそれでも60%くらいの乗り。私は1駅なので席にはこだわらず通路側に座る。雷雲を眺めているうちに到着チャイムが鳴った。駅を出るとショッピングセンターがあり、寿司や惣菜を売っている。最初は食堂に入るつもりだったが惣菜につられて結局材料を買ってしまい、宿に持ち込むことにする。宿の都合で夕食なしなのだから文句も言われまい。

■6日目 晴れ時々曇り 夕方一時雨

自由になる日程はあと1日残っているのだが、そろそろ帰ろうと思う。荷物をまとめて支払いをすませると丁寧に見送ってもらった。近くの古川十日町停留所から高速仙台行に乗るのだが、もう5・6人はバス停に並んでいた。バスがやってきたのだが満員でびっくり。続行便に救われたが席は通路側か最後尾しかなく最後尾内側の席になった。途中でもかなり乗り、補助席を出してぎりぎりくらいの人数になった。

古川ICから東北道に入る。居眠りしているうちに山形道の案内も見えるがそこまで行かず手前の仙台宮城ICで高速を降りる。その先はバイパスらしいのだが途中のトンネルからかなりの渋滞である。バイパスから分かれて広瀬通に入ったところでやっと車が進み出したが、電力ビル前ではバスが二重に折り重なって停車する状態だ。所定より約20分遅れで仙台駅の昨日のターミナルに到着した。新幹線コンコースに行くと予定していた仙台始発のやまびこには乗れそうなので、名古屋までの乗車券と自由席特急券を自動販売機で買ってホームに入ると数少なかった禁煙自由席の窓側席におさまった。



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